共感する力 園長 星野 健(2003年9月)
 『喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい』(ローマの信徒への手紙12・15)。
新学期が始まりました。わたしたちの思いを越えて日々成長していく子どもたちに、心を新たにされながら働きを充実させていきたいと願っています。それぞれのご家庭にも日々祝福がありますようにお祈りします。
 「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」この「共感」ということが人間を本当に人間らしくするものです。どんなに健康であっても能力があっても、成功ではなく幸福のためにそれらを活かすためには、この共感する力が求められます。
 ある精神科の医師であり研究者でもある方が、「感力」という言葉を用いておられたのを思い起こします。一般に感性というふうに言われますが、感じること感受することは、知力や体力と並んで人間に与えられている力なのだということです。
 ますます深刻化していく命の軽視の問題にもこの感力の減衰ということが関係しているのではないでしょうか。学力や身体的能力は社会的に高く評価されますが、この感力は評価される場が与えられていません。親や教師たちが高い意識と強い自覚をもって子どもたちの感力を認めて、これを評価するよう努めるほかにすべはないでしょう。わたしたちの多くはこの感力を養うことに自覚がありませんから、当然のことこの力は低下していきます。むしろ子どもたちの方が与えられている感力の賜物をいきいきと活かして生活している場面に多くでくわすのです。そうした機会をキャッチして子どもたちと共に成長していきたいものです。
 感力は「優しさ」にも通じます。人の憂いを憂うことができるということがこの字に表される優しさということなのでしょう。「泣く人と共に泣く」です。この優しさはただ一緒にメソメソするというような弱さではなく、他者のために痛みを負うことができる強さのことです。「喜ぶ人と共に喜ぶ」現実を生み出していく強さということになります。実に悲しむ人と共に悲しむことよりも、喜ぶ人と共に喜ぶことが難しくあると言われます。人の不幸は蜜の味という悲しい性向をわたしたちはもつからです。
 マーチン・ルーサー・キング牧師はタフ・マインドとテンダー・ハートということを言いました。強い精神と優しい心。そのとおりに生き、他者の喜びと悲しみを担いきって生きた人でした。優れた人とは優しき人。本荘幼稚園の子どもたちが、強く優しい人に育ちますようにと祈るものです。
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